なんでも情報
スロヴァキアに関する情報データベースです。
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町や村・地方
スロヴァキア共和国政府奨学金の取得条件
スロヴァキア共和国政府奨学金の取得条件 ( Podmienky poskytovania stipendii vlady Slovenskej republiky )
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一般的な条件

・ スロヴァキア共和国政府奨学金と、受給者となる外国人大学生のスロヴァキア滞在は、スロヴァキアの法律に従って実行されます。
・ 毎年5月20日までに、スロヴァキア外務省は各国スロヴァキア大使館に書面を送り、次の年の入学条件、奨学金の受給者の人数などについて通知します。
・ 留学を希望する学生、又はその学生が所属する組織は、在日スロヴァキア大使館を通して、上記の期限までにスロヴァキア外務省に提出します。
・ 留学希望者から提出された資料に基づき、スロヴァキア教育省の委員会が奨学金受給者を選択すします。その決定を同年7月31日までに外務省がその受給者に通知します。受給者は直ちにスロヴァキア大使館を訪ね、入学のための長期滞在ビザを申請することをお勧めします。
・ 受給者又はその所属組織は受給者がスロヴァキアへ到着する2週間前までに、スロヴァキア教育省のDom záhraničných stykov (外国関係センター)に対して受給者の到着についての情報を知らせなくてはなりません。
・ 受給者は奨学金の申請が認められた年に入学しなければなりません。奨学金の受給は他人に譲渡できません。
・ スロヴァキア共和国政府奨学金受給者に対して、長期滞在ビザの申請および延長の申請は、スロヴァキアの法律に従い無料となります。
・ 長期滞在ビザの申請の手続きは、外国人のスロヴァキアでの滞在法第73/1995号(法律集)及びそれに関する外務省令に従って行う事が望ましいとされています。
・ 健康保険法第273/1994号(法律集)により、スロヴァキアで受けた治療、薬品を受給者が支払うか、個人としてスロヴァキアの健康保険会社の一つと健康保険契約を結び、健康保険に加入できます。
・ 外国人の申請者は「スロヴァキア共和国政府奨学申請書」(Žiadosť o poskytnutie štipendia vlády Slovenskej republiky)という申込金用紙とその付録に記入して申請します。

条件2
B.学士、修士課程
1. スロヴァキア共和国教育省は、スロヴァキア共和国においてスロヴァキア語で受ける大学教育のために奨学金を授与する。
2. 奨学金の申請者は以下の条件を満たさなければならない:
l 高等学校卒業生であること
l (スロヴァキア大使館に置いてある) スロヴァキア共和国政府奨学金の取得申込用紙に記入し、それと合わせて必要な付属書類を提出すること
l 学士、修士課程に入学したい受給者は、18歳から26歳までであること
3. 受給者が選んだ大学の定款に含まれる専攻を勉強する間、すなわち受給者がスロヴァキアの法律により大学生でいる間は、受給者はスロヴァキア共和国から次を授与される:
l 毎月決められた金額の奨学金(現在は月に5000SK)
l スロヴァキア大学生と同じ条件で、大学生寮に滞在すること、大学の食堂で食事をすること
l 選んだ大学でスロヴァキア人大学生と同様に、大学の定款に決められている教育期間に、教育を受けること
l 教育期間中に、第三国からの受給者の為に、1年間の言語・専門準備教育が含まれる
4. 受給者は個人的に、「Vzájomná životná poisťovňa a.s.」保険会社に治療、医薬品の為の保険契約をする。保険に加入しない場合は、法律273/1994号により、治療は有料となる。
5. 教育期間を開始と終了時に要する旅費は、受給者の所属組織又は受給者が支払う。


C.博士課程

1. スロヴァキア共和国教育省は、スロヴァキア共和国においてスロヴァキア語で受ける博士教育のために奨学金を授与する。 
2. 博士課程の奨学金申請者は以下の条件を満たさなければならない:
l 大学卒業資格があること(次の大学学位を取得していること:外国の大学の“MSc“ 又はスロヴァキアの大学の„Mgr“, „Ing“, „MUDr“か „MVDr“)
l (スロヴァキア大使館に置いてある)スロヴァキア共和国政府奨学金の取得申込用紙に記入し、それと合わせて必要な付属書類を提出すること。現実に有効な博士専攻簿から専攻を選び、仮定されたスロヴァキアの博士課程の教育機関にあらかじめ認めてもらうこと
l 博士課程に入学希望の受給者は、23歳から35歳まででること
3. この奨学金は、まずスロヴァキアの大学の卒業生に授与される。
4. 受給者が選んだ大学の定款に含まれる専攻を勉強する期間、すなわち受給者がスロヴァキアの法律により博士課程にいる時間に、受給者はスロヴァキア共和国から授与されるものは:
l 毎月決められた金額の奨学金(現在は月に6000SKK)
l スロヴァキア人の博士課程の学生と同じ条件で、大学生寮に滞在すること、大学の食堂で食事すること
l 選んだ大学においてスロヴァキア人の博士課程の学生と同様、大学の定款に決められた教育期間に教育を受けること
l 教育時間中に、外国大学の卒業生および第三国からの受給者の為に、1年間の言語準備教育が含まれる
5. 受給者は温泉治療、歯の治療以外に、大学の従業員と同じように治療を受けられ  る。
つまり、健康保険により、大学を通して奨学金の3.7%を受給者が払い、大学は10%を払う事になっている。
6. 医学部卒業生と医学関係専門の卒業生の受給者は専内部野を深めるために、専内部野の勉強及び専内部野の試験を受けたい場合は、 (試験名:kvalifikačná atestácia)、スロヴァキア厚生省に申請する。融資の条件を健康省が決める。受給者に以下の条件を満たさなければならない:
l 大学卒業を証明する(スロヴァキアの医学大学の卒業証明書と比較出来るような卒業証明書)
l 希望する専門分野などを申込用紙に記入し、それと合わせて必要な付属書類を提出すること
l 経歴書、特に申請する専門分野での経験の証明書を提出すること
7. スロヴァキアでの教育期間の開始と終了時要する旅費は受給者の所属組織又は受給者が払う。博士論文の為に受給者が母国においてサンプル又は情報を集めることが必要であれば、その為の旅費も受給者が払う事とする。
ご質問・申請手続サポートについては(有)アクティエンタープライズまで





by Kinga
ヴルコリネツ
Vlkolinec ( ヴルコリネツ )
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中央スロヴァキアのルジョンベルク市の近くにある、トラディショナルな木造の家だけで出来ている美しい村です。1993年12月にはバンスカー・シチアヴ二ツァと、スピッシュ城と共に、世界文化財産となりました。

ブラチスラヴァからのアクセス方法:
車:5時間
バス:5〜6時間、1日に7台(ルジョンベルク市まで)
電車:急行で4時間、1日に13本(ルジョンベルク市まで)
ルジョンベルク市からヤジエルツェ村までバスがあるが、そこから3km徒歩

距離:250km
お勧め交通機関:車

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by Lubica
ガブチーコヴォ
Gabčíkovo ( ガブチーコヴォ )
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南スロヴァキア、ドナウ川岸に置かれた村です。1977年のチェコスロヴァキアとハンガリーの間に結ばれた「ガブチーコヴォ〜ナヅマロッシュ契約」で有名になりました。(ナヅマロッシュはハンガリーにある村です。)その契約には、二つの国の国境であったドナウ川に水力発電所を建てることが決められました。共産主義が破れた時、ハンガリーでは契約に対して市民の抗議の荒氏が起き、ハンガリーが契約を取り消す事になりました。理由は、発電所の自然環境に与える環境破壊だったそうです。この問題がスロヴァキアにも取り上げられたが、結局国の政治家が発電所を建てることにしました。現在は国際司法裁判所に討議が続いています。
首都のブラチスラヴァから、ガブチーコヴォ村まで、ほぼ40キロの長い人工の湖盆が造られ、ガブチーコヴォに水門と発電所があります。その周りがだんだん観光スポットになってきました。若い子達には、昔ここにあった森の記憶はもう無いことが残念で、現地に住んでいる人々には、昔のようにここに花が咲き、鳥の鳴き声が夜明けに聞こえることが夢です。逆に、ダムの良い結果とは、建てられてから洪水が起きなかった事でしょう。

by Kinga
☆こちらのサイトにも → → →
コシツェ
Košice ( コシツェ )
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人口: 24万人
近年、東スロヴァキアのセンターとして知られるようになったスロヴァキア第二の規模を持つ大都市です コシツェは、ホルナード川の流域に、コシツスカー盆地に位置しています。この地方は、石器時代から人が住みついた地域です。コシツェは1230年に初めてこの名前で文献に登場しました。交易また戦略上重要な位置にあり、早くから盛んになりました。1347年から18世紀まで、ハンガリー王国に属し、ブダに次ぐ第二の都市にまで成長した歴史のある町です。

◆ブラチスラヴァからのアクセス◆
車:6時間
バス:7〜8時間、1日に9台ぐらい
電車:急行:6時間半1日に11本、特急:5時間、1日に2本

距離:445km(電車)400km(車)
お勧め交通機関:特急

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by Kinga&Lubica
☆こちらのサイトにも → → → オフィシャルサイト
シャリシュ地方
Šariš ( シャリシュ )
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シャリシュ地方は、プレショヴを中心に東スロヴァキアの地方です。昔のお城、現在の城跡、シャリシュ城の周りの土地に、お城の名前が名づけられたそうです。伝統的な踊り、唄が有名で、毎年、6月の3番目の週末に、ラスラヴィツェという村に、シャリシュ民謡・民族舞踊フェスティヴァルが行われます。シャリシュ地方博物館は、プレショヴにあります。

ブラチスラヴァからのアクセス方法:
シャリシュ地方の主な都市、「プレショウ」をご覧ください。




by Kinga
☆こちらも併せてご覧あれ → → → シャリシャンプレショウ市
☆こちらのサイトにも → → → オフィシャルサイト(英語版あり)
ズヴォレン市
Zvolen ( ズヴォレン )
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ブラチスラヴァからのアクセス方法:
車:2〜3時間
バス:3〜4時間、1日に35台ぐらい
電車:急行で3:15時間、1日に5本、特急で2:40時間、1日に1本

距離:200km
お勧め交通機関:バス、電車、車


by Lubica
スリアチ
Sliac ( スリアチ )
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中央スロヴァキアの一番大きい町バンスカー・ビストリツァ市(Banska Bystrica)とズヴォレン市(Zvolen)の真中にある町。スロヴァキアの小さい町の一つで、美しい自然の中にある町。スリアチはクーペレ・スリアチ(Kupele Sliac)という温泉で、有名である。またはスリアチ空港で毎年国際飛行機ショーが行われている。

ブラチスラヴァからのアクセス方法:
車で:2〜3時間
バス、電車:3〜4時間、ブララチスラヴァ〜ズヴォレン
              ズヴォレン〜スリアチ



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by Marian
タトリ
Tatry ( タトリ )
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北スロヴァキアと中央スロヴァキアの最も人気のある二つの山脈はVysoké Tatry「ヴィソケー・タトリ」(High Tatras、高いタトリ)とNízke Tatry「ニースけ・タトリ」(Low Tatras、低いタトリ)と名づけられています。夏はハイキング、冬になると、スキーをやる人でにぎやかです。自然が守っている状態が町の人に好まれています。
高いタトラ山脈の一番高い山はゲルラフ山(Gerlach)です。高さ2655メートルです。
スロバキアの国旗に描かれ、国歌に歌われるタトラ山脈はスロバキアのシンボルです。周辺一帯は高峰のひしめくタトラ山脈地となり、スロバキアとポーランドとの国境をなしています。山地は両国で国立公園に指定されているが、その80%はスロバキア領にあります。
タトラ山脈は、スロヴァキアだけでなく、ヨーロッパでも有数のスポーツ、リゾート地帯で、シツルバ湖(Strbske Pleso)を中心に、高級別荘が林立しています。




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by Kinga
☆こちらも併せてご覧あれ → → → ハイタトラ
チェコ
Česká republika ( チェスカー・レプブリカ )
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スロヴァキアの西の、256キロメートル長い国境にあるこの国との歴史上の関わりが第一次大戦後始まりした。1918年にチェコスロヴァキア共和国が設立され、第二次大戦後再度復活されました。チェコ語もスロヴァキア語もスラブ系の言葉であり、スロヴァキア人とチェコ人がお互いにほとんど分かっています。チェコの「百塔の街」と言われている首都、プラハは共和国の首都でもありました。自然なら美しい山、中世から残っている町並み、温泉、商品ならカットガラス、ビールで有名な国として知られています。スロヴァキアが独立した1993年からも二つの民族の間に友好関係が続いています。
by Kinga
☆こちらのサイトにも → → → インフォメーションサイト(英語)
トレンチーン市
Trenčín ( トレンチーン )
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この西スロヴァキアの町は、ローマ帝国の中央ヨーロッパにおける軍事拠点の最北端でした。トレンチーン城のふもとに、179年にローマ帝国がドイツ部族を破ったことを記録した石碑も発見されました。13世紀にトレンシーン城と町の持ち主、マトゥーシュ・チャーク・トレンチアンスキーのおかげで、町は再び栄華を極めました。お城は18世紀に一度燃え落ち、20世紀に建て直されました。現在は、ファッションの町として知られ、主に繊維産業が盛んです。

◆ブラチスラヴァからのアクセス◆
車:1時間半
バス:2〜3時間、平日に14台ぐらい、土日に7台ぐらい
電車:急行:6時間半1日に13本
距離:130km

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by Kinga&Lubica
☆こちらも併せてご覧あれ → → → トレンチーン城マトゥーシュ・チャーク・トレンチアンスキ
☆こちらのサイトにも → → → オフィシャルサイト
電話の市外局番変更
nové smerové telefónne čísla ( ノヴェー・スメロヴェー・テレフォーンネ・チースラ )
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2001年7月1日からスロヴァキア全国の電話のエリア番号が変わります。現在までの82地域制度が25地域制度に単純化されました。スロヴァキアの国番号:+421をお掛けになってから、次の1―3桁のエリア番号の変化に御注意ください。

以前: 現在エリア番号 地域名

7: (0)2  ブラチスラヴァ

703: (0)34 セニツァ
704: (0)33 トルナヴァ
706: (0)31 ドゥナイスカー・ストレダ
707: (0)31 ドゥナイスカー・ストレダ
708: (0)31 ドゥナイスカー・ストレダ
709: (0)31 ドゥナイスカー・ストレダ

801: (0)34 セニツァ
802: (0)34 セニツァ
804: (0)33 トルナヴァ
805: (0)33 トルナヴァ

810: (0)36 レヴィツェ
811: (0)36 レヴィツェ
812: (0)36 レヴィツェ
813: (0)36 レヴィツェ
814: (0)37 ニトラ
815: (0)38 トポルチャニ
816: (0)35 ノヴェー・ザームキ
817: (0)35 ノヴェー・ザームキ
818: (0)35 ノヴェー・ザームキ
819: (0)35 ノヴェー・ザームキ

821: (0)41 ジリナ
822: (0)42 ポヴァジュスカー・ビストリツァ
823: (0)41 ジリナ
824: (0)41 ジリナ
825: (0)42 ポヴァジュスカー・ビストリツァ
826: (0)41 ジリナ
827: (0)42 ポヴァジュスカー・ビストリツァ

831: (0)32 トレンチーン
832: (0)38 トポルチャニ
834: (0)32 トレンチーン
838: (0)33 トルナヴァ

841: (0)43 マルティン
842: (0)43 マルティン
844: (0)44 リプトヴスキー・ミクラーシュ
845: (0)43 マルティン
846: (0)43 マルティン
847: (0)43 マルティン
848: (0)44 リプトヴスキー・ミクラーシュ
849: (0)44 リプトヴスキー・ミクラーシュ

854: (0)47 ルチェネツ
855: (0)45 ズヴォレン
856: (0)45 ズヴォレン
857: (0)45 ズヴォレン
858: (0)45 ズヴォレン
859: (0)45 ズヴォレン

862: (0)46 プリエヴィザ
863: (0)47 ルチェネツ
864: (0)47 ルチェネツ
865: (0)47 ルチェネツ
866: (0)47 ルチェネツ
867: (0)48 バンスカー・ビストリツァ
868: (0)47 ルチェネツ

87: (0)37 ニトラ

88: (0)48 バンスカー・ビストリツァ

89: (0)41 ジリナ

91: (0)51 プレショヴ

92: (0)52 ポプラッド

931: (0)57 フメンエー
932: (0)57 フメンエー
933: (0)57 フメンエー
934: (0)51 プレショヴ
935: (0)54 バルデェヨヴ
936: (0)54 バルデェヨヴ
937: (0)54 バルデェヨヴ
938: (0)54 バルデェヨヴ
939: (0)57 フメンエー

941: (0)58 ロジュニャヴァ
942: (0)58 ロジュニャヴァ
943: (0)55 コシツェ
944: (0)53 スピッシュスカー・ノヴァー・ヴェス
946: (0)56 ミハロヴツェ
947: (0)56 ミハロヴツェ
948: (0)56 ミハロヴツェ
949: (0)56 ミハロヴツェ

95: (0)55 コシツェ

963: (0)52 ポプラッド
964: (0)52 ポプラッド
965: (0)53 スピッシュスカー・ノヴァー・ヴェス
966: (0)53 スピッシュスカー・ノヴァー・ヴェス
968: (0)52 ポプラッド
969: (0)52 ポプラッド

by Kinga&Lubica
バンスカー・シュティアヴニツァ
Banská Štiavnica ( バンスカー・シュティアヴニツァ )
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この中央スロヴァキアにある都市は15世紀に、ハンガリー王国の最も重要な鉱山都市でした。
1762年にオーストリア・ハンガリー王国の最初の炭鉱専門大学がここで設立されました。19世紀に入ってからは鉱山が下火になりましたが、600年かかって創り上げられた歴史的な町並みと周辺を取り巻く鉱山跡地が、1993年にユネスコの世界文化遺産に指定されました。

◆ブラチスラヴァからのアクセス◆
車:3時間
バス:3〜4時間、平日に2台、土日に3台ぐらい
電車:急行で4時間、1日に3本(フロンスカー・ドゥーブラヴァで乗り継ぎ)

距離:200km

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by Kinga&Lubica
バンスカー・ビストリツァ
Banská Bystrica ( バンスカー・ビストリツァ )
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人口: 9万人
中部スロヴァキアの中心都市で、金と銅の鉱業が始まった頃から発展し始めました。1255年に、国王に特権を与えられた町になった時に初めて文献に登場しました。1589年に、トルコ軍から町を防ぐため、町全体を囲む石造りの厚い壁が築かれました。第二次世界大戦にナチス・ドイツの支配に対してスロヴァキア人が立ちあがったスロヴァキア民族蜂起(SNP)の政治的、戦略的なセンターでした。

◆ブラチスラヴァからのアクセス◆
車:3時間半
バス:3〜4時間、1日に23台ぐらい
電車:急行:4時間半1日に5本(ズヴォレンで乗り継ぎ)

距離:220km


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by Kinga&Lubica
☆こちらのサイトにも → → → オフィシャルサイトオフィシャルサイト
ピエシチャニ市
Piešťany ( ピエシチャニ )
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ブラチスラヴァからのアクセス方法:
車:1時間
バス:1時間半、平日に30台ぐらい、土日に25台ぐらい
電車:急行:1時間半、1日に13本
距離:80km
お勧め交通機関:車、電車、バス

by  
ブラチスラヴァ区域
Bratislavský región ( ブラチスラヴスキー・レギオーン )
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首都のブラチスラヴァを中心に作られた行政区です。西にある小さいカルパチアン山脈から首都の東、南の方にある盆地まで広がっています。
スロヴァキア共和国の首都、ブラチスラヴァはドナウ川を面して発展しました。紀元前ケルト人、1世紀から、ローマ人の重要な要塞都市だったということが知られています。9世紀ごろ大モラヴィアになり、近くにある「デヴィ−ン城」と共に大モラヴィアのセンターと知られ、10世紀からハンガリーの支配下におかれました。1465年にスロヴァキアの一番古い大学、「アカデミア・イストロポリタナ」が設立されました。ブラチスラヴァの地位が1583年〜1830年の間に、ブダペストがトルコ軍に占領され、ブラチスラヴァがハンガリー王国の首都となって、全盛に決めた時期でした。聖マルティン協会で即位したハンガリー王は11人、女王は8人にものぼり、その中にマリア・テレジァも含まれています。
1918年に、チェコスロヴァキアの二番目な大きな都市、1993年にスロヴァキアの首都になりました。

人口:448 292人(1999年12月)
面積:367.56平方キロメートル


by Kinga
☆こちらのサイトにも → → → オフィシャルサイト
プリェヴィザ
Prievidza ( プリェヴィザ )
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人口:5万4千人

首都のブラチスラヴァから北東200キロぐらい離れている中央スロヴァキア、上ニトラ川の盆地に置かれてある町です。1383年に都市の特権を所得しまし、ボイニツェ城下町として自治権は得られませんでした。旧市街にあるゴチック様式の聖バルトロメイ協会、それから特に17世紀に建てられたバロック様式のカトリック教会は町の宝になっています。農業なら、ドライフルーツ、工業なら繊維産業が盛んになっていました。現在ではスロヴァキア第11の大きい町です。スキーなどを楽しめるリゾート地の山で囲まれて、近くにボイニツェ城、スロヴァキアの一番大きな動物園もあり、冬も夏も見所がたくさんあります。

by Kinga
☆こちらのサイトにも → → → オフィシャルサイト(スロヴァキア語のみ)
http://www.tourist-channel.sk/prievidza/indexen.php3;英語で書かれた情報
プレショウ市
Prešov ( プレショウ )
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人口:9万3千人
面積:73.42km2
東スロヴァキアの都市、プレショフはスロヴァキアの一番大きな県の中心都市で、第3の人口を持つ都市です。イスタンブールからベオグラード、コシツェ、ワルシャワを経てバルト海へ至る交易路の上に位置し、古くから栄えてきた。現在はこの5000人の大学生が勉強している都市で二つの劇場が活躍しています。

ブラチスラヴァからのアクセス方法:

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by Kinga
☆こちらも併せてご覧あれ → → → シャリシュ地方
☆こちらのサイトにも → → → オフィシャルサイト(英語版) 
小カルパチアン地域
Malokarpatský región ( マロカルパツキー・レギオーン )
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<小カルパチアン山脈>は、低くても、周りの盆地から、はっきり大きく見えます。一番高い頂上は786メートルで、西スロヴァキアのたった一つの「公共」な鍾乳洞、「ドリニ」もこの山脈に置かれています。それに、小カルパチアン・ワイン・ストリートでも有名な地方です。モラヴィア、ボヘミア(チェコの昔の名)、あるいは、オ−ストリアへ行く道を歩けば、葡萄畑、ガチョウ料理で有名な町、城跡のロマンチックなスポット、ハイキングコース、冬に人気のあるスキー場、夏に楽しめる湖が見られます。
by Kinga
☆こちらも併せてご覧あれ → → → ワインの歴史
レヴォチャ
Levoča ( レヴォチャ )
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人口:1万4千人
面積:6404 km2
世界で一番大きな祭壇の一つ、聖ヤクブ教会のゴチック風の祭壇、又は中世のゴチックやレネサンス様式の家でいっぱいの広場で有名な東スロヴァキアの町です。1950年に、町のセンターは都市の特別記念保留地(Town Memorial Reservation)になりました。
14世紀の終わりに建てられた教会に、マイステル・パヴォルと呼ばれていた芸術家がシナの木で18.62メートル高いゴチック様式の祭壇を作りました。広場の周りに三つの残った塔と要塞が見られます。

◆ブラチスラヴァからのアクセス◆
車:6時間
バス:8〜9時間、1日に3台ぐらい
電車:急行:7時間、1日に9本(スピシュスカー・ノヴァーヴェス市で乗り継ぎ)

距離:380km
お勧め:車、電車

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by Kinga&Lubica
☆こちらのサイトにも → → → オフィシャルサイト

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「第7回 ELO SYS」国際フェア(スロヴァキア)
7.rocnik medzinarodneho veltrhu ( スイエドミ・ロチニーク・メジナーロドネーホ・ヴェルトルフ )
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来る10月16日〜19日、電子/電気産業に焦点を当てた国際フェア「第7回 ELO SYS」がスロヴァキアのトレンチンにおいて開催されます。本年は、200社以上による出展が予定されています。詳細は、担当またはスロヴァキア共和国大使館のスミエシュニー参事官(電話:03-3400-8122)までお問合せ下さい。

会期:2001年10月16日〜19日    会場:Vystavisko TMM(トレンチン、スロヴァキア)
主催:スロヴァキア電気工業会、スロヴァキア技術大学、スロヴァキア電子技術工業会地
協賛:スロヴァキア経済省
ホームページ:www.elosys.sk またはwww.tmm.sk
「UNIDO投資ニュース」より

by Marian
☆こちらのサイトにも → → → オフィシャルサイト(スロヴァキア語、英語)
スロヴァキアの日本企業
Japonské firmy na Slovensku ( ヤポンスケー・フィルミ・ナ・スロヴェンスク )
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1.Yazaki Debnar Slovakia spol. s.r.o (Ltd)
設立日: 1994年10月4日
業種: 生産工場
主な業務内容: 動力車用ケーブルの生産
所在地: Lehotská cesta č.2、97180 Prievidza
連絡先
電話番号: 421-862-5150-111 / 421-862-5150-531
ファックス: 421-862-5150-539

2.SONY SLOVAKIA, spol. s r.o. (Ltd.)
設立日: 1996年9月2日
業種: 生産工場
主な業務内容: Sonyの商品の販売、マーケティング、配給、電子機器の生産、組み立て、修理
所在地: Trstínska cesta 8, 91758 Trnava / 営業所:Plynárenská 1,82909 Bratislava
連絡先
電話番号:421-7-534-182-40
ファックス: 421-7-534-182-56
メール: info@sony.sk

3.Panasonic Slovakia, spol. s r.o (Ltd.)
設立日: 1997年12月5日
業種: 商社
主な業務内容: マーケットリサーチ、販売、仲介貿易
所在地: Štúrová 11, 81101 Bratislava
連絡先
電話番号: 421-7-5292 1423
ファックス: 421-7-5292 7990
メール: sales@panasonic.sk

4.Matsushita Electronic Components /Slovakia/, s.r.o. (Ltd.)
設立日: 1997年6月17日
業種: 生産工場
主な業務内容: 電子機器、仕掛けの生産, 組み立て、修理、販売
所在地: Oravická 616、02801 Trstená

5.ITOCHU (伊藤忠)Corporation, Bratislava 支店
設立日: 1994年1月14日
業種: サービス業
主な業務内容: マーケットリサーチ、仲介貿易、広告業
所在地: Kutlíkova 17, 85250 Bratislava

by Kinga

カレンダーの年中行事
待降節
Advent ( アドヴェント )
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クリスマスの前の4週間をAdvent(待降節・降臨節)と言います。
スロヴァキアのようなクリスト教の国では、6世紀頃からこの行事が始まりました。その時、ローマ法王に、クリスマスの前に心の準備が出来るために決められた時期です。アドベントの4週間のうち、重要なのはクリスマスの前の三つの日曜日で、銅、銀、それから24日直前の、金日曜日と呼ばれます。
スロヴァキア人は、この時期に様々な行事を行っています。例えば、4つのろうそく、常緑の木の枝、野バラの赤い実を使った花輪を作ります。ろうそくに、アドベントの格日曜日に、一本ずつ火をつけます。
子供たちが大好きなのはアドベントカレンダーです。店で多く見られるタイプは、24の小さなドアがあり、それを開けると、中に絵、それからそれに似た小さなチョコレートが見つかります。器用なお母さんたちなら残りの生地でカレンダーを作ることもできます。表に日付を縫い、なかに子供の好きなもの、例えば、あめ、鉛筆、小さなおもちゃなどを入れます。
クリスマスの前に、クッキーを焼くことも一般的です。伝統的に、蜂蜜、バニラ、くるみの実、ケシの実などの使われたクッキーが多いです。そのなか特に蜂蜜のクッキーは、1−2週間ぐらい置いておかないと、堅すぎておいしくありませんから、アドベントの時期はクッキー作りでもにぎやかです。
クリスマスの前の大掃除の時、クッキー作りの時、カレンダーを開ける時、子供を見に家族が全員で集まり、寒い冬のなか、暖かい気持ちのお祭りを迎えます。

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クリスマス
Vianoce ( ヴィアノツェ )
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他のクリスト教の国と同じように、クリスマスはイースターと共にスロヴァキアの最も大事な祝日です。カレンダーによると、クリスマスそのものは24日〜26日の3日間だけですが、4週間前に始まる「クリスマス準備」と呼ばれるアドヴェント時期、その後の大晦日、新年日、1月6日の旧クリスマス又はキリスト降誕を祝いにきた東方の三博士の日を含めて、クリスマスを中心にした年末と新年頃の5週間が非常に特別な雰囲気を持ってくれる時期でしょう。クリスマスツリーの香り、色々なクリスマス的な飾り物、蜂蜜のクリスマスクッキーの香り、日曜日にアドヴェントのリースに火をつけた蝋燭の光、わくわくしている子供の大きい瞳…
 中心になっている24日〜26日の3日間を家族と一緒に過ごします。信者にとってクリストの誕生日のお祝いですが、信者でいない人にとっても大事な家族と過ごす期間です。何も食べずにいなければならない「豊富な日」という24日の午前中は、「豊富な夕食」の仕度をしたり、クリスマスツリーを飾ったりします。「豊富な夜」に特別なクリスマス料理をいただき、新年からも元気で、幸せな生活を送るようにお互いに祈ります。そして、子供たちの待ち遠しいプレゼントがクリスマスツリーの下で披露されます・・・
 夜中に教会のベルが鳴り、それは信者が24日の夜中のミサに教会に行く合図です。そして、ゆっくりと過ごす25日、26日はなによりも大切です。ですから、少なくとも25日に外にあまり出かけないようにされています。

クリスマスイブの夕食

クリスマスイブの夕食は昔ながらの習慣やキリスト教の規則に基づいています。ただし、地域によって作り方、それに材料もそれぞれです。しかし、クリスマス・ウエハース(oblatky)、キャベツ・スープ(kapustnica)や鯉のフライはその中でも代表的なものです。ほとんどのスロヴァキア人が鯉(Kapor)をたべるのは、12月24日にお肉を食べてはいけないからです。
ここでは北スロヴァキアのオラヴァ(Orava)という地方のクリスマスイブの夕食をご紹介します。
クリスマス・ウエハースはイエス・キリストの身体として蜂蜜やニンニク(健康のために)と一緒に、食事の一番最初に食べます。次は乾杯で、普通スパークリング・ワインやスロヴァキアのスピリットを飲みます。
乾杯が終わったら、主なメニューに入ります。まず、キャベツ・スープです。普段食べるキャベツ・スープとは大きく違い、茸、ドライプラムなども入っていて、濃く、また酸味があって、とても美味しいです。その後、鯉のフライとポテトサラダを食べます。最後に、もしまだお腹がすいていたら、果物やケーキで豪華な夕食が終わります。

クリスマス鯉(Vianocny Kapor)―レシピ
まず、鯉を適当な小片に切ります。それから、臭さを取るために、切った鯉を2時間ぐらい牛乳につけておきます。
そして、普通のフライのように小麦粉、卵、パン粉の順番で衣をつけます。最後に、フライパンに油を多めに入れてあげます。ポテトサラダと一緒に一つのお皿に盛り付けます。どうぞお召し上がり下さい。


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イースター
Veľká Noc ( ヴェルカー・ノツ )
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キリスト教にとっては、大切なお祭りです。スロヴァキア中もイエ様が死から生き返されたことを祝います。イースターの日曜日で断食も終わります。
イースターには「春の始め」と言う意味もあり、月曜日も祝日で色々な大昔からの習慣が現在まで続いています:
大昔から、男性が朝早く起き、女性に、1年中元気できれいであるようにお水をかけています。村の若い男性が集まって若くてかわいい女の子の家を回り、井戸の水を少なくてもひとかごぐらい彼女達に注ぎました。4月の15度ぐらいの天気ではあまり気持ち良い遊びではなかったのに、次に女性が鞭で叩かれました:((しかし、そのおかげで、女性が元気で、きれいになったそうですから、全ては結局許されたのです:))しかも、女性が男性に「ありがたい気持ちで」、すでに用意された、色づいた卵をくれた習慣があります。ある地域では、火曜日に女性が鞭で男性を叩いてしまいまして、前の日の「嫌味」を返しました。
現在の若者は香水を注ぎ、色づいた卵に子供がお金、大人ならお酒も貰います。(1日、20人の男性に20種類の香水を注がれることがいやな女性は、良く家を出て散歩に行き、逃げてしまう人も少なくではありません。)


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12月31日:大晦日
Silvester ( スィルヴェステル )
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この日はスロヴァキア、いいえヨーロッパ中にぎやかな日になります。テレビ、ラジオ、新聞に掲載されたニュースは冗談ばかりですが、決して怒ってはいけません。夜は寒くても、町・都市の中央広場に大勢の人が集まり、大晦日を祝うと同時に次の独立記念日も祝います。残りはパーティーで踊ったり、歌ったりします。12時になるとシャンペーンで乾杯し、それから市民があげた花火を眺めて大騒ぎしています。

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11月1日、2日:聖人の日、故人の日
Sviatok všetkých svätých、Pamiatka zosnulých ( スヴィアトク・ヴシェトキーフ・スヴェティーフ、パミアトカ・ゾスヌリーフ )
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この二日間は、クリスト教のお盆で、お墓参りの時期です。
中央ヨーロッパの秋は、日本と比べると、普段天気、景色だけでも、なんとなく寂しくなるようです。特に、10月の終わり、11月の始めになると、朝の霧、一日中の風邪、雨の日が続いている事が多いです。紅葉も、日本より地味で、黄色くて、茶色くて、「終わり」を象徴しています。
こんな時期にふさわしい二日間の祝日です。先祖のお墓を掃除し、飾る人で墓地が案外ににぎやかになります。遠い都会に住む人々も、故郷に帰り、御墓参りに行きます。お花なら菊、飾り物ならろうそくが代表的です。11月の冷たい風邪がろうそくの火で遊んだり、躍らせたりします。踊っている光ばかり見える夜のお墓はなかなかきれいで、落ち込んだ気持ちを治してくれます。

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8月29日:スロヴァキア国民蜂起の日
SNP- Slovenské Národné Povstanie ( スロヴェンスケー・ナーロドネー・ポヴスタニェ )
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1939年、チェコがナチス・ドイツの保護領となると、スロヴァキアは自治政府樹立を宣言したものの、ドイツの傀儡政権となってしまいます。ドイツ軍がスロヴァキアを占領していた1994年8月29日に、中央スロヴァキアを中心として民族蜂起が起こりました。参加者は ”パルチザン”と呼ばれ、東からソ連の援助が来るまでの間ドイツ軍の侵攻を止めておくことを目的としていました。しかし、11月3日、ドイツ軍が中央スロヴァキア最大の都市であるバンスカー・ビストリツァがドイツ軍に侵入され、約4000人のパルチザンや一般市民が殺されただけでなく、60もの村が放火されました。



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9月15日: 聖母マリアの日
Sedembolestná panna Mária ( セデムボレストナー・パンナ・マーリア )
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この祝日はカトリックの教えにに基づいたものです。現在、スロヴァキアの人口の約60%はカトリックの信者です。カトリックは他のキリスト教と比べて聖母マリアヘの礼賛が強く、信者が祈りをささげお願いするのもイエスより聖母の方です。聖母は女性で、神ではないので、人々にとってとても親近感を持てる存在です。カトリック教では、各職業や町などに守護聖人がいると言われていますが、スロヴァキア民族を守ってくれる聖人は聖母マリアだと信じられています。社会主義時代は特定の宗教を信じることは禁止されていましたが、独立して民主主義国家となったとき、スロヴァキアで聖母を祝うこの日が国民の祝日となりました。

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12月13日:魔女の日
Deň čarodejníc ( デェン・チャロデェイニーッツ )
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暗くて長い冬の夜は色々ななぞめいたことがあることを昔の人たちが信じました。魔女が出てくる時期のイメージをしました。そのなか12月13日Lucia/Lucyの名前の日は一番重要だと思われ、様々な迷信に基づく習慣が行われました。例えば、家を魔女から守るため、白いシーツをかぶった女性が村を回り、一言を言わずに格家に入り、壁をがちょうの羽で触ります。それから、もう一つは、13日から24日まで三つ足のいすを作り、クリスマスイブのミサにそれに立つとミサに出た魔女が見えて来るそうです。
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9月1日:憲法記念日
Deň ústavy Slovenskej Republiky ( デニ・ウースタヴィ・スロヴェンスケイ・レプブリキ )
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1989年、社会主義が崩壊し、国家集権を望む声が次第に高まりました。1993年1月1日、国民投票ではなく、チェコとスロヴァキア両国の政府の決定により、チェコスロヴァキア共和国は解体し、スロヴァキア共和国が誕生しました。その直前、1992年9月1日に、スロヴァキアの議会ではスロヴァキア共和国憲法の採択がなされました。



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7月5日: 聖キュリロスと聖メトディオスの日
Deň Svätého Cyrila a Metoda ( デニ・スヴェテ−ホ・ツィリラ・ア・メトダ )
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西スラブ民族によって建国された大モラビア帝国の王に招かれて、863年神父であったキュリロスとメトディオスが布教のため、現在のスロヴァキアの地を訪問した。
彼らはスラヴ人にクリスト教を広めただけでなく、神学校を設立したり、聖書や聖歌、礼拝のテキストなどもスラヴ語に訳しました。聖キュリロスはまた、グリシャ語の小文字を元にして古代スラブ語の文語(フラホリカ)を生み出したことでも知られています。この日は聖母マリアの日と同様、スロヴァキアが独立してから国民の祝日になりました。

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1月6日:三博士の日
Traja králi ( トラヤ・クラーリ )
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キリストの降誕を東方から祝いに来た三博士を記念する日です。バイブルによると、三博士は空に珍しい星を発見したことで、ベトレヘムという町で特別な人が生まれることを知り、その赤ちゃんを拝んで三つのプレゼント(香、ミルラ、金)を贈るためにベトレヘムまで足を運んだと言われています。

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1月1日:新年・独立記念日
Nový Rok / Deň vzniku Slovenskej Republiky ( ノヴィー・ロック / デェン・ヴズニク・スロヴェンスケイ・レプブリキ )
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1月1日
1993年のこの日、チェコスロヴァキア共和国からスロヴァキアが独立し、ヨーロッパの若い国の一つになりました。
この日についていろいろな伝統的な迷信があります。例えば、
1.この朝、最初に「良いお年を」と言ってくれる人は男性でいた方が幸運です。
2.魚と鳥は食べない方が良いそうです。(幸運を持っていくから)
3.豚を食べると幸せな1年になります。(豚は土から良いものを見つけ、鼻で掘ってくれるからです)
4.レンズマメのスープを飲むと、その年はお金がたくさん手に入ります。
5.この一日と同じように、一年中を笑顔で過ごします。

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謝肉祭
Fašiangy ( ファシアンギ )
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寒い冬に、農業、耕作が不可能なこの時期は、村の人にとって冬の楽しみの時期でした。昔は結婚式が一番多く、週末が来たら村の人々が3日間も踊ったり、歌ったりしました。都市には、社交ダンスの集まりが一般的で、田舎にジプシーの音楽に乗った民族舞踊の舞踊会が開かれました。


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5月1日:メーデー
Prvý máj ( プルヴィー・マーイ )
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5月1日は、スロヴァキアしかも中央ヨーロッパの伝統的な「バレンタインデー」でした。お土産をあげるのは基本的に:男性、受けるのは女性。手作りの物ではなければなりません!

その秘密の物はなんでしょうか?メーポールです。5月1日の前の夜は、村の若い男性が忙しかったです。告白したい男性は友達と一緒に近くにある森に行き、そこからすでに選んだ高くて、真直ぐで美しい木を切って帰りました。真っ黒な夜中に、静かに好きな女の子の家の前に朝までその木を立てなければなりませんでした。
メーポールの飾りは、様々な色のリボンと少なくてもお酒1本です。ある地域にパンなども飾られたそうです。そして次の日、その二人の愛情を祝い、メーポールの下に若い世代が集まり、男性のお酒を取るためのコンテストが行われました。一番早く取れた男性が全部飲めましたよ!
現在は、メーポールを立てるには、勇気のある男性もあまりいないし、色々な事務局からの許可を、木を切る、又は「柱」を立てるために得なければならないそうです。この習慣はだんだん無くなって来ました。シンボルとしては多くの村に、村長の役所の前に1本の木が飾ってあります。

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断食
Pôst ( ポースト )
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キリスト教では、派により、お肉が全く食べられない時期、又は1週間に1日お肉が食べられない時期です。
この時期に、音楽、楽器が使われたにぎやかな娯楽、集まりも禁止されました。その6週間は寒い冬で、外での働きが不可能だったため、村の女性が紡績に誰かの家に集まり、歌を歌いながら働いた形が多かったです。スロヴァキア中有名なカリチカという女性の踊りも、断食に作られたそうです。女性は楽器を使わず、輪を作り歌いながら踊りました。



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12月6日:ミクラーシュの日
Mikuláš ( ミクラ−シュ )
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ミクラーシュというのは伝統的な昔からローマンカトリックであるキリスト教の国々の重要な聖人であり、アメリカのサンタクロースに似た人物です。

他の国ではSt. Nicolasとも呼ばれていますが、スロヴァキアではMikulášと名づけられています。スロヴァキアのカレンダーを見れば、12月6日のところにMikulášという男性の名前も書いてあります。このミクラーシュというのは、赤いコートを着て、帽子をかぶり、長い白いひげをはやしている、可愛いおじいさんです。子供の守護聖人で、毎年子供が住んでいる家を訪ねて、よい子にはお菓子、チョコレート、果物などを、悪い子にはタマネギ、にんにく、炭などを渡します。

スロヴァキアの子供にとって12月6日はとても待ちどおしい日です。毎年12月5日の夜に靴をきれいにして、ミクラーシュが持ってきてくれるお菓子などを入れてもらうために、それを窓際に出します。そして6日の朝早く、子供がまだ寝ているうちにミクラーシュがこっそりと窓際に近づいて、プレゼントを靴に入れてくれるのです。

ミクラーシュは、白い服を着て大きい羽を持ち額に銀の星がある天使と、黒い服を着て角があり長い真っ赤な舌と長い尻尾を持つ悪魔に連れています。こどもたちが今年一年よい子であったか親にきいて、大きなリュックからプレゼントを出します。もし悪い子だったことには、悪魔に子供がよい子になるように注意してもらってから、プレゼントを渡します。何もくれないミクラーシュはいないのです。
昔からミクラーシュについてはいろいろな伝説が残っています。それによればミクラーシュは、3世紀頃小アジアのパタラ市にあった信心深い家族に生まれ、人々のためにたくさんの良いことをしました。しかし決して自分の行動を見せびらかすようなことはありませんでした。今日までミクラーシュは多くの人々に愛されています。

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お国ならではの習しや言伝え
スロヴァキアの農業と観光業の発展に日本の力
SME-スロヴァキアの新聞 (   )
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スロヴァキアの副首相Maria Kadlecikovaは8月21日スロヴァキアを公式訪問した衆議院議長綿貫 民輔氏と会談し、スロヴァキアのEUへの加盟への準備状況について報告しました。
日本はスロヴァキアのEU加盟に対する努力を評価するとともに政治についても関心を示しました。
綿貫 民輔氏はまた会談の中でEU加盟後のスロヴァキアの農業に特に興味を示しました。次回のWTO(世界貿易機関)国際会議でのお互いの協力についても話し合いが行われました。
日本側は日本で行われる国際観光組織会議にスロヴァキアの参加を求める発言もしました。そして、これからスロヴァキアの観光業にはまだ努力の余地があることを話しました。
さらに綿貫 民輔氏はスロヴァキアの高速道路や交通機関の整備への日本の協力を何度も強調しました。
http://www.sme.sk





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スロヴァキアを日本のように造りたい
スロヴァキアを日本のように造りたい ( Chceme zo Slovenska vybudovat Japonsko )
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来年、スロヴァキアで選挙が行なわれます。様々な政党が選挙後の政策の紹介を始めました。
SLU党(スロヴァキアの国民党)は“スロヴァキアを日本やスカンジナビアのように造りたい”と党としての目的を公言しています。
家族は共和国の基本ですから、母親は子供が6歳になるまで、政府からお金を支給される,男性は55歳、女性は50歳から年金生活者になりと考えています。
このプラグラムは実現可能かどうか分かりませんが、日本とどんな関係があるのかはまったく分かりません。
マリアン

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“おお牧場はみどり”はスロヴァキア発祥の曲。
“おお牧場はみどり”はスロヴァキア発祥の曲。 ( KORZAR -スロヴァキアの新聞 )
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文 ミハル・フランク

プレショフ:2年前、日本の民謡を歌う“サクラ・コンテスト”が、プレショフのスロヴァキア・日本協会の主催のもと行われた。また昨年は姉妹関係を結んでいる日本・スロヴァキア文化交流会が「リプカ(菩提樹)・コンテスト」を東京で開催し、今度は日本の音楽家たちがスロヴァキアの民謡を発表した。

 そして昨日、プレショフ市民会館の“チエルニー・オロル(黒い鷹)”ホールにおいて、2000年「リプカ・コンテスト」の優勝者“えだの あさこ”さんと1999年の「サクラ・コンテスト」優勝者“マーリア・オスロヴィチョヴァー”さんがそれぞれ歌を披露した。ピアノ演奏は“おく ちかこ”さん。満員の客席のほとんどを小・中学生が占め、二つの国の文化を堪能し、『タンツイ、タンツイ、ヴィクルツァイ(踊ろう、回ろう)』でコンテストのフィナーレはおおいに盛り上がった。

 プログラムに組み込まれていた曲「ホレラ リプカ、ホレラ(おお牧場はみどり)」は、なぜだか日本でも全く同じメロディーを使い、広く親しまれているということだった。東京の大学で音楽を教えている匂坂恭子教授はそれについて
「『おお牧場はみどり』のメロディーは、日本人に深い感銘を与えます。私が小さかった頃、この曲は日本の曲だと思っていました。でもスロヴァキアの曲なんですね。」
 この問題については、
「この曲は、日本でもスロヴァキアでも同じメロディーであるが、どちらが発祥かはわかっていない。」というスロヴァキア外務省の公式発言を昨年本紙でふれたことがある。

 さて、匂坂教授はどうしてスロヴァキアに行きつき、またどうしてここプレショフが選ばれたのだろうか?
「スロヴァキアやチェコの音楽には25年ほど前から興味を持ちはじめ、今までたくさんの美しいスロヴァキアの曲に出会ってきました。また2年前にはプレショフで行われた日本の歌を歌う「サクラ・コンテスト」にも参加しました。スロヴァキアの歌に心を動かされ、日本の人達にもぜひ知ってもらいたいと思いました。」
日本・スロヴァキア協会会長、石川晃弘氏の通訳のもと、匂坂教授はこう述べた。

また、現在、東京の大学の博士課程で勉強する“えだの あさこ”さんは「チェコ人の友達にスロヴァキアやチェコの歌を教えていただきました。スロヴァキア語の歌詞はとても難しいですが、歌のすばらしさに魅了されて、勉強するのも歌うのも楽しいです。」と語った。
「スロヴァキアと日本の文化にはたくさんの共通点があると思います。『おもてなし』の気持ちもそうでしょう。また、スロヴァキア、そしてわが日本にも山や川など美しい自然がたくさんあります。」

プレショフへの日本からのゲストは、大学間の交流にも力を発揮した。プレショフ教育大学音楽教育科のダニエル・シムチック氏は、
「今回、わたしたちにはたくさんの共通項があるということを確認しましたので、これからもさらに協力関係を強めていきたいと思います。そして“リプカ”や“サクラ”コンテストだけでなく、科学や芸術の分野にも交流を深めていくことを、ここプレショフで話し合いました。」
スロヴァキア・日本協会会長、マルティン・ヴェレツキー氏は両国間の協力について、
「お互いの活動は文化的なものだけでなく、例えば日本の医療を勉強するためにスロヴァキアの医者を派遣することについても考えています。」と述べた。
また、
「2002年11月にはわれわれプレショフの民族舞踊団“シャリシャン”が3週間ほど日本をまわる、ツアーも計画しています。」と続けた。

ホレラ リプカ、ホレラ(おお牧場はみどり)
  スロヴァキア語の歌詞

 HORELA LIPKA,HORELA

/:Horela lipka, horela :/                 
pod nou ma mila, pod nou ma mila,
horela lipka, horela
pod nou ma mila sedela. Hej

/:tecie voda zhora, bystra je ako ja,
toci sa okolo, okolo javora. :/

/:Ked na nu iskry padali, :/
vsetci mladenci, vsetci mladenci,
ked na nu iskry padali,
vsetci mladenci plakali. Hej,

/:tecie voda zhora, ...

/:Iba ten jeden neplakal, :/
co ju falosne, co ju falosne,
iba ten jeden neplakal,
co ju falosne miloval. Hej,

/:tecie voda zhora, ...

/:Neplacte chlapci, neplacte, :/
radsej tu lipku, radsej tu lipku,
neplacte chlapci, neplacte,
radsej tu lipku zahaste. Hej,

/:tecie voda zhora, ...





by Marian
スロヴァキア大使館報道発表
スロヴァキア大使館報道発表 ( Prejav veľvyslanca Slovenskej republiky v Japonsku )
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東京、2002年1月23日

在京スロヴァキア共和国大使館は、関係各位に謹んで以下の御知らせを申し上げます。日本国とスロヴァキア共和国(以下SRと略)間の関係化と相互理解促進の要望に鑑み,日本国政府は2002年1月22日に在ブラチスラヴァ日本国大使館を開館されました。住所は下記の通りです。

Hlavné námestie 2 (フラヴネー・ナーメスティエ 2)
811 01 Bratislava 1 (811 01 ブラチスラヴァ 1)
Solovak Republic (スロヴァック・レパブリック)
電話:421-2-5443-3124 Fax:421-5443-2771 (421-2 = 国及び都市番号)

開館式典はスロヴァキア共和国外務大臣エドゥアルド・クカン、プラハよりスロヴァキア駐日本大使右田寛人閣下、外務省欧州局々長齋藤泰雄様、並びに貴顕各位のご例席の下挙行されました。この機会に、以下2件の口上書交換が行われました。
1)日本国民とスロヴァキア国民の査証の免除
2)マティ・フレベンダ盲人用図書館に対する文化無償協力

一般旅券所持者に対する査証免除の口上書に鑑み、その発効日である2002年3月22日から、SRへの滞在を希望する日本国々民は、推定滞在日数が90日を越えない限り無査証で入国できる。日本国民であっても、報酬を伴う一般興業・スポーツ参加を含み、就職・就業を目的にSRへの入国を希望する者は、査証免除には詃当しない。
スロヴァキア国民であって日本国に入国を希望する者は、これらと同じ条件・範囲の適用を受ける。相互に査証免除の適用を受ける者とは観光、文化・商用訪問、又はあらゆる範囲に措ける日本とスロヴァキアの間の相互協力を増進させる者指す。

by Marian
日本とスロバキア、3月22日からビザ相互免除へ
日本とスロバキア、3月22日からビザ相互免除へ ( Zrušenie vízovej povinnosti medzi Japonskom a Slovenskom )
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スロバキアの首都ブラチスラバで22日、日本大使館の開館式が行われ、日本政府とスロバキア政府の間で、ビザ(査証)の免除取り決めが結ばれた。商用や観光で3カ月以内の滞在を希望する両国民は、相手国を訪問する際のビザが不要となる。3月22日から実施される。

ポーランド、チェコ、ハンガリーなど隣接する中欧諸国では、日本企業の進出が進んでいるが、開館式に出席したスロバキアのクカン外相は「大使館開館で、日本企業とのコンタクトがさらに広がることを確信している」と述べた。

同国は93年にチェコスロバキアから分離独立。現政権は、北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)早期加盟を目指し、西欧諸国との関係改善、経済関係強化を進めている。

asahi.comより

by Marian
スロヴァキアのクリスマス・カード
Vianočná pohľadnica ( ヴヤノチナー・ポフラドゥニツァ )
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スロヴァキアの友達にクリスマス・カードを書きましょう。
スロヴァキアのファンの皆様。
雪の季節がやっときました。今年のクリスマスはどちらで過ごしますか。スロヴァキアですか。日本ですか。
クリスマスになくてはならないものは親戚や友達へクリスマス・カードを書くことですね。
スロヴァキアではクリスマス・イブは家族団らんや、子供たちがたくさんのクリスマス・プレゼントをもらうように、またイエスの誕生記念を深く感じるように願うことばをクリスマス・カードに書きます。
クリスマスのことだけではなく、日本での“よいお年を“という意味のあいさつも同じカードに書きます。
書き方:
バージョン1(個人から個人へ)
Veselé Vianoce a šťastný     メリー・クリスマス それからよいお年を
nový rok Ti zo srdca       迎えられることを心からお祈りしています。
  želá
    Akiko.

バージョン2(個人から家族[*複数の人]へ)  バージョン3(家族から個人へ)
Veselé Vianoce a šťastný           Veselé Vianoce a šťastný
nový rok Vám zo srdca             nový rok Ti zo srdca
   želá                      želá
      Akiko.                   rodina Tanaka.
                           
バージョン4(家族から家族へ)
Veselé Vianoce a šťastný
nový rok Vám zo srdca
    želá
      rodina Tanaka.
クリスマス・カードのデザインはやはりキリスト教の影響のあるものが多いですね。スロヴァキアのクリスマス・カードのホームページをご覧下さい。
URL:http://pohladnice.zoznam.sk/category.htm?id=44 

by Marian
☆こちらのサイトにも → → → Pohladnice Zoznam
Canoe/Kayak/水上スラローム
kanoe/kajak/ vodný slalom ( カノエ・カヤック・ヴォドニースラロム )
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水上スラローム

現在、スロヴァキアの一番メジャーなスポーツです。
1996年アトランタオリンピックでミハル・マルティンカーン(Michal Martinkán)がC1で優勝し、2000年シドニーオリンピックで二人の兄弟、ぺテルとパヴォル・ホフショルネル(Peter a Pavol Hochschornerovci)がC2で優勝しました。ユライ・ミンチークはC1で三勝、ミハル・マルティンカーンは同じC1で二勝を得ました。
★C1:一人乗りカヌースラローム
★C2:二人乗りカヌースラローム

 

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by Kinga
☆こちらのサイトにも → → → オリンピックカヌー・カヤックのページ
カリチカと「プラニチュカシャショム」
Karička ( カリチカと「プラニチュカシャショム」 )
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スロヴァキアで広がってきた女性の伝統的な踊りです。女性が輪の形で唄いながらリズムに乗って、様々なステップを使い、様々な速さで回ります。普通の伝統的な舞踊のように、カリチカのスタイルも地域ごとに異なります。
カリチカの意味は:小さな輪

「プラニチュカシャショム」は東スロヴァキアの歌です。実は女性の遊び歌だと思います。男性が踊るのは無いと思います。女性は歌を歌いながら、輪を作ったり、二人ずつ手を挙げて小さな「トンネル」を作り、その下を歩いて躍ります。
こんな歌の遊びは特に謝肉祭の後の断食に踊られました。その時に、音楽を引くのはいけなかったので、遊びたい若い女性は自分の歌に遊び、躍りをしました。

by Kinga
☆こちらのサイトにも → → → 日本語専門サイト
クルツェナー
Krucená ( クルツェナー )
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「回る踊り」の意味があり、基本的に男女カップルで踊ります。(女性のカップルでも踊れますが、男性カップルはちょっと考えられません:))特に、東スロヴァキアに広がっています。

by Kinga
豊富な夕食
štedrá večera ( シテェドラー・ヴェチェラ )
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12月24日は英語で「クリスマス・イヴ」、 スロヴァキア語で「シュテェドリー・デェン」、直訳すると、「豊富な日」と言います。
クリスト教の国なら、クリスマスはどこでもクリスト降誕を祝う祭日ですが、国や地方によって習慣が異なります。例えば、西ヨーロッパではお祝いするのは25日の朝ですが、スロヴァキアを含めた中央と東ヨーロッパでは24日の夜です。ですから、24日の夕食が中心になり、そこから「豊富な夕食」という呼び方も来ています。
「豊富」といっても、昔は現在より食べ方が簡単で、料理ももっと軽かったですが、今は食べ方が少し違います。昔のクリスト教のシンボルは魚なので、メインディッシュは鯉料理ですが、同じ鯉料理でも調理法が異なり、昔は煮ることが多く、最近はフライにするのが一般的です。サワークラウトスープでも、昔は軽くて、最近はソーセージやお肉などが入っているのでお腹にたまる料理になっています。
24日全体を「豊富な日」、その夕食を「豊富な夕食」、そのほかに夜のことだけを「豊富な夜」とも言います。それは「豊富な夕食」をいただく夜だからという理由と、もうひとつイェズスからクリスマスツリーの下でプレゼントもいただくからでしょう。

注:スロヴァキアではプレゼントはクリスマスツリーの下にイェズスが持ってきてくれます。小さい子供のために、この言い伝えが守られていますので、スロヴァキアの子供と話す機会があれば、彼らの夢を出来るだけ崩さないように、秘密を漏らさないようにご注意ください。クリスマスの一つの大事なことです。

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結婚式でお皿を割る習慣
svadobný zvyk: rozbíjanie taniera ( スヴァドブニー・ズヴィック:ロズビーヤニエ・タニエラ )
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「割れ物が幸せを持ってきてくれる」と言われているので、結婚式のときでも、お皿をわざと割って、花嫁花婿に割れたピースを掃除させる、スロヴァキア全体で広がっている結婚式の習慣があります。
それは披露宴が始まる時に行われます。二人に「幸せがくる」という意味もあるし、披露宴のお客さんにとっては、伝統を守りながら披露宴を楽しむという意味もあるでしょう。そういうわけで、ユーモア好きのお客さんが二人の間に走り込んでは、掃除が間単に出来ないように割れたピースをあっちこっちに蹴ったりするのです。

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スロヴァキア女性の結婚観
Slovenské ženy a sobáš ( スロヴェンスケー・ジェニ・ア・ソバーシ )
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スロヴァキア女性の結婚観は年齢により大分違います。70歳以上の女性の中には、一生家事で忙しかった女性が多いです。18歳で結婚し、子供を沢山産み(5〜7人の子がいる家族が多かった)、家畜(鶏、鵞鳥、豚、羊、山羊、など)の世話をしていました。このおばあちゃん達のなかにキャリアウーマンはほとんどいません。その代わりに、家事を心を込めてプロのように完璧にやり、孫に「世界一美味しいケーキ」を焼けるおばあちゃんがスロヴァキアに多いです。
第2次世界大戦後の社会主義時代に女性も職場に付くことが一般的であったため、その時に学校を卒業した世代では大学へ進む女性の数もだんだん増えていきました。彼女達は大学時代に、あるいは卒業してから結婚しました。その世代のお母さん達は、6ヶ月〜3年間の育児休暇を取り、子育ても家事も仕事もしました。
現在の若者の中には15歳で義務教育を終え、18歳までに結婚する女性はだんだん少なくなっています(15歳〜18歳の間に結婚するには、親の承認が必要です)。高等学校率や大学卒の女性の平均結婚年齢は23歳まで上がりました。田舎にはキリスト教の影響が強く、末婚で親と同居するのは難しいですが、都会に行くとそういう家族が圧倒的に多いです。子供の数は1〜2人に減り、家族が一番大事であっても、キャリアはその次であることが広く考えられています。現在のお母さん達は、息子を将来家事を手伝う男性に育てたいそうです。
育児:社会主義時代の福祉制度から残ったものは、3年間の育児休暇です。結婚、出産のために仕事をやめる女性はあまりいません。その一つの理由は上記の制度で、もう一つの理由は現在の失業率が13%であるためでしょう。この法律上の「天国」は現実になると次のような問題が発生したりします:卒業生は就職インタビューで、次の5年間に絶対子供を産まないと約束しなければならない事、又は(小さな子供が病気でしょっちゅう休むだろうと思われるから)若いお母さんはあまり就職出来ないこともあります。逆に、子供を育てるのは一生一番大事なことと信じている若いお母さんも増えていきます。彼女達は子供が6歳になるまで家にいれば、社会保険、健康保険を国に払ってもらえます。この6年間は定年退職までに必要な年数にも含まれます。

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チャルダシュ
Čardáš ( チャルダシュ )
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中央ヨーロッパ、特に南スロヴァキア、ハンガリーで見られる伝統的な男女カップルで踊るダンスです。ステップは普通、簡単な右―左ステップが多く、それと回るステップがあります。スタイルは地域ごとに異なります。


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☆こちらのサイトにも → → → 日本語専門サイト
フォークロア
folklór ( フォルクロ-ル )
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スロヴァキアはフォークロアで有名な国です。民謡、民族舞踊、民芸、民俗、民話が豊富な地域が多いです。町の発展した文化が、遠い山奥の村へはなかなか伝わらないため、そういう村ではまだまだ民族衣装を着たおばあちゃん達が道を歩く姿が見られます。
どの村へ行っても、村独特の伝統的な衣装があることに気が付くでしょう。あまりにも貧しい農業国に住んだ人々にとって自慢できたのは、自分の考えた踊りのステップ、自分の手作りの花やかな刺繍でしかありませんでした。そして、若者は民族舞踊の舞踏会に行ったとき、すてきな手作りの衣装を着、みんなを驚かせる難しい踊りを踊って、恋人を探したのです。
子供は生まれたときから唄を歌ってもらい、民話を聞かせて育てられました。スロヴァキアの民話の主人公は、貧乏だけど賢い若者が多かったのです。民話を本にまとめたドブシンスキー氏のおかげで、最近の子供たちも良く民話を読んだりします。
村の民族舞踊団、民謡合唱団、民芸品の芸術家が集まるお祭り〜フェスティヴァルは、たくさん開催されますから、スロヴァキアにいらっしゃったら是非ごらんになってください。

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☆こちらも併せてご覧あれ → → → ドブシンスキーフェスティヴァル
サッカー
Futbal ( フットバル )
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スロヴァキアでは、男なら必ずやるスポーツの一つです。どれほど人気があるのか、主な新聞の最後の2―3ページにあるスポーツの欄を見ましょう。その紙面の3分の2のテーマは、オリンピックのような大事なイベントがない限り、サッカーになっています。
スロヴァキアの選手が活動したチェコスロヴァキアのチームは1964年のオリンピックで銀メダル、1980年に金メダルを取り、その他1962年のワードカップでブラジルに負け、銀メダルを取得しました。スロヴァック・カップで一番成功した二つのチームは首都、ブラチスラヴァのスロヴァンとインテルと言います。今年はインテルが優勝しました。
2002年のワードカップを、サッカーのファンが皆待ち遠しいです。

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☆こちらのサイトにも → → → http://www.geocities.com/~mvana/ (英語のサイト)
フランス・リスト
Franz Liszt ( フランス・リスト )
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(1811-1886)
19世紀のハンガリーの一卓越したピアニスト、指揮者、作曲家です。1820年に9歳の時に始めて演奏したのはブラチスラヴァとハンガリーのショプロン市で、その後も指揮者、ピアニストとしてブラチスラヴァの市民を数多い公演で喜ばされました。

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☆こちらのサイトにも → → → インフォーメーションサイト(英語);
http://www.osk.3web.ne.jp/~lisztjap/swiss.html;リスト:スイスー日本協会のサイト(英語・日本語)
ベーラ・バルトーック
Béla Bartók ( ベーラ・バルトーック )
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(1881-1945)
オーストリア・ハンガリー帝国に生まれ、1894年から1908年まで、ブラチスラヴァに住み、音楽を勉強し始めました。民謡のメロディーの美しさ、価値を音楽家として分かり、ハンガリー、スロヴァキア、ルーマニアなどの民謡を数多く集めました。スロヴァキア民謡のメロディーを2600ぐらい集め、編集しました。作曲家、ピアニスト、音楽学者として活躍しました。

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☆こちらのサイトにも → → →  インフォーメーションサイト(英語)
犬 ― スロヴァキア犬
Pes – Slovenské plemená ( ペス・スロヴェンスケー・プレメナー )
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スロヴァキアは昔から農産地であり、そこで犬も昔から人を手伝い、大事な役割を果たしてきました。山の北方牧羊犬、南方の盆地に家を守るための番犬、狩猟犬が多くいました。現在も田舎に行けば、ほとんどの家に犬が見られます。犬が庭を走り、他人を威かすために普通は放し飼いしています。都会ではアパートに住む老人が犬と一緒に歩いている姿をよく見かけます。都会は小型犬が多いですが、田舎の方では大型犬が好まれています。よく見られるのは雑種犬、それからジャーマンシェパード犬も人気があります。ダルメシアン、スパニエル犬は最近子供に人気があるみたいです。

*スロヴァキアのチュヴァチュ(スロヴェンスキー・チュヴァチュ):
大型で、高さは約60センチ。長くて白い毛。山形で、牧羊犬として広まっていた。勇敢で、熊も狼も怖がらない。強くて、不屈なタイプ。

*スロヴァキアのコポヴ(スロヴェンスキー・コポヴ):
中型で、高さは約45センチ。短い、黒っぽい・茶色っぽい毛。狩猟犬、番犬である。猟師を手伝い、動物を追いかけることが大変上手である。嗅覚は優れている。

*チェコスロヴァキア・シェパード(チェスコスロヴェンスキー・ヴルチアク):
新しい犬の種類で、ジャーマンシェパードとカルパチアンの狼が支配され,1958年に誕生した。ジャーマンシェパードより不屈で、強い。

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by Kinga
ベルブンク
Verbunk ( ベルブンク )
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男性の踊りです。特徴は、伝統的にコンテストのように競って踊られた所が多いです。村の人々が踊りのパーティーに集まった時、若い男性が自分の得意なステップの組み合わせを回りの人に見せながら、好きな女性にアピールしました。




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ポルカ
Polka ( ポルカ )
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元のチェコのこの伝統的な舞踊は、昔の中央ヨーロッパで大人気になり、ポーランドからスロヴァキアを通してハンガリーまで広がりました。リズムが早くて、週末の舞踊の集まりでよく踊られたそうです。



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お坊さん・修道僧
mních ( ムニーフ )
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クリスト教で、仏教のお坊さんに当てはまるのは修道僧です。修道院に住み、朝から夜までお祈りと社会奉仕などの生活を送ります。修道僧は昔から色々な修道会に属しています。素朴で貧乏な修道会があれば、割とお金持ちで裕福な修道会もありました。
金持ちの修道会に属した、ぶよぶよと大きく垂れ下がったおなかの修道僧を揶揄して、ユーモア好きの人が「喉が乾いたお坊さん」か「喉が乾いた修道僧」と名づけた美味しいビールが、東スロヴァキアのシャリッシュ地方で作られています。

Q.「修道僧」は、今でもいるのですか?
A. 今でもいますよ。修道僧も、修道女も。ブラティスラヴァでもよく見られます。私の実家のある村でも、尼僧院があり、そこに住んでいる女性が近い乳児病院で看護婦さんのような仕事をしています。昔はこのような仕事が普通だったのですが、社会主義の時に一時的に禁止されて、現在はまた復活してきました。

Q.ビールと修道僧には何か関係があるのでしょうか?
そうですね。ユーモアの関係でしょう…。
豊かな修道会の場合は、「祈りだけの素朴な生活でパンと水のような簡単な食べ物と飲み物」というのではなく、贅沢な食事をしていた修道僧のイメージもありました。特に体の大きい修道僧の場合です。俗界の人は昔からスピリット、ビールなどをよく飲んでいましたので、そういう人たちにしてみると、「修道僧は本当にお酒を飲まない」ということが信じられなかったのでしょう…
そういうことでなのか、居酒屋の名前にも修道会の名前がしばしば使われています。例えば、ブラティスラヴァにある Františkánsky rád(英語で Franciscan Order、日本語にすると「フランチスカン修道会」でしょうか)の名前を基にした「小さなフランチシュカーン達」と「大きなフランチシュカーン達」という居酒屋が町の中心にあります。
「フランチシュカーン達」とはその修道会に属した修道僧のことを意味している言葉です。両方の居酒屋がその修道会の教会の近くにあるのは偶然ではないでしょう… (*u*)

by Lubica
☆こちらも併せてご覧あれ → → → シャリシュ地方
☆こちらのサイトにも → → → のどが乾いたお坊さん(スロヴァキア語)
名前の日
meniny ( メニニ )
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スロヴァキアでも世界中の国々と同じように、生まれた子供には名前をつけます。ただ、スロヴァキアではその名前をどこから選ぶかというと、それはカレンダーからです。スロヴァキアのカレンダーにはそれぞれの日に人間の名前が書いてあり、親が赤ちゃんの名前を選ぶとき、カレンダーを見ながらインスピレーションを得ます。また、カレンダーには人の名前が整理されているので、自分が実際に産まれた日だけではなく、「名前の日」といって自分の名前の付いている日にもお祝いをする、つまり、年に2回「誕生日」があるのです。

Q.1月1日、11月2日、12月25日は何故名前がないの?

A.勝手な解釈ですが、1月1日は「新年」と呼ばれて、12月25日はキリストの誕生日で、普通の名前は昔から何も入れていないのではないかと思います。そして、11月2日は故人の日です。そのためでしょう。多分…

Q.名前が2つある日は何故なの?

A.私の子供の頃のカレンダーと今のカレンダーとは少し違います。カレンダーに書いてあった名前はもっと少なかったです。そして、カレンダーに書いてない、しかし実際に使われていた名前もあったので、それがだんだん所々に付け加えられたのです。特に子供のころは「名前の日」のない人は可哀相じゃないですか。

後は似ている名前を一つの日にする場合もあります。
例えば、6月29日:Peter, Pavol, Petra
以前はPeter, Pavol、バイブルの聖人の名前だけ書いてありましたが、Peterに似ているPetraという女性の名前も使われていたので、この日に付け加えられたのです。

それとも。。。
Ondrej, Andrejという名前も一つの日になっています。非常に似ているからです。昔は一つの名前のダブル形だとされていました。

名前のカレンダーはバイブルに関係しているのではないかと思います。
例えば、スロヴァキアの「名前のカレンダー」はチェコの「名前のカレンダー」と
違いますが、聖人の名前は同じ日になっています。
例えば、7月16日:Anna/7月25日:Jakub/11月25日:Katarinaなどです。
しかし、どうしてちょうどある日にあるの聖人の名前がついているのか、ちょっと私には分かりません。

Q.「名前の日」スロヴァキア語では?直訳英語では?
スロヴァキア語:「meniny」=「メニ二」と言います。 
「meno」=「メノ」という言葉からきています。「meno」は「名前」という意味。
英語では、name dayでしょうね。

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by Lubica
ヨハン・ネポムック・フンメル
Johan Nepomuk Hummel ( ヨハン・ネポムック・フンメル )
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(1778-1873)
ヨーロッパ中高名なピアノ演奏家、作曲家、音楽の教師でした。ブラチスラヴァに生まれ、モーツァルト、サリエーリ、ハイドンに音楽を学びました。現在は生まれ育てられた家に記念碑の博物館が開かれ、首都にある大統領公邸の中庭にブラチスラヴァの彫刻家、ティレグネルに作られた胸像が立っています。

by Kinga
☆こちらのサイトにも → → →

あちこちでの催し物
ローマ法王、スロヴァキアご訪問
ローマ法王、スロヴァキアご訪問 (   )
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ローマ法王はスロヴァキアを訪問し、次の三都市でミサを行なう予定です。

・9月12日(金)午前10:30
 Banska Bystrica 「バンスカー・ビストリツァ」のSNP広場

・9月13日(土)午前11:30
 Roznava 「ロジュニャヴァ」(東スロヴァキアの町)

・9月14日(日)午前10:00
 ブラチスラヴァ(Petrzalka「ぺトルジャルカ」団地、Kutlikova
「クトリーコヴァー」通り)

by Lubica
2003アイスホッケー・ワールドカップ結果発表
2003アイスホッケー・ワールドカップ結果発表 (   )
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ご報告遅れてしまいごめんなさい。
すでに皆様ご存じの通り「2003アイスホッケー・ワールドカップ」、
スロヴァキアはチェコを破って3位でした。おめでとうございます!
ずっと勝ち続けていたので「このまま優勝、2連覇か・・・」と期待していましたが、残念ながら準決勝でスウェーデンに4-1で負けてしまいました。
それでも、チェコに勝ったことで優勝以上に国中が大喜びだったそうです。

来年は開催地がチェコです。
スロヴァキアとチェコで金銀独占といきたいものです。
もちろん、スロヴァキアが「金」です!

by Izumi
2003アイスホッケー・ワールドカップ、まもなく開幕!
2003アイスホッケー・ワールドカップ、まもなく開幕! (   )
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いよいよ「2003アイスホッケー・ワールドカップ」が、4月26日フィンランドのヘルシンキで開催されます。
スロバキアは日本と同じAグループで、他にドイツ、ウクライナの4チームで予選
が行われます。日本の初戦は4/27対ドイツ。2連覇を目指すスロバキアは同日対ウクライナです。
スロバキア・チームを応援しましょう!!

☆「国際アイスホッケー連盟」公式サイトをチェック!
http://www.iihf.com/

by Izumi
スロヴァキア女子テニス優勝! フェドカップ2002
2002 Gran Canaria Fed Cup ( 10月30日〜11月3日  )
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テニス・ファンの皆さん、
カナリア諸島マソパロマスで開催されたフェドカップ2002(Fed Cup 2002)でスロヴァキア女子代表チームが強豪スペインを破って初優勝しました(11月3日)。

スロヴァキアのテニス史上初めてのことです。この優勝によりスロヴァキア女子チームはテニス界でナンバー1になりました。
選手達の活躍ぶりはフェドカップ公式サイトでご覧いただけます。
 ☆フェドカップ公式サイト http://www.fedcup.com/

スロヴァキア代表チームの選手
コーチ:トマーシュ・マリク(Tomaš Malik )
ハンツホヴァー(Hantuchova),
フサーロヴァー(Husarova), スハー(Sucha),ナジョヴァー(Nagyova)

試合の結果:
11月2日(土) Hantuchova - Sern 6:2, 6:1, Husarova - Conchita Martinez 4:6, 6: 7(6).
11月3日(日) Hantuchova - Conchita Martinez 6:7 (8), 7: 5, 6:4, Husarova - Arantxa Sanchez-Vicario6:0, 6:2.
スロヴァキア vs スペイン:3−1

by Marian
☆こちらのサイトにも → → → フェドカップ公式サイト
全日本サッカーが、スロヴァキアチームと対戦
全日本サッカーが、スロヴァキアチームと対戦 ( Futbalový zápas Japonsko - Slovensko )
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ワールドカップの前哨戦として、全日本がスロヴァキアと対戦します。

日時:4月 29日(月・祝)  キリンカップサッカー2002
16:00キックオフ        対 スロヴァキア
場所:東京・国立霞ヶ丘競技場
お問い合せ:財団法人東京都サッカー協会03-5273-9090

by Marian
☆こちらのサイトにも → → → オフィシャルサイト
アイスホッケー・ワールドカップ
スウェーデン ゲテブルグ ( Göteborg )
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4月22日〜5月11日
スロヴァキア・決勝進出
アイスホッケーファンの皆さん、
今年のアイスホッケーのワールドカップでスロヴァキア代表チームはとてもうまく
いっています。
準々決勝でカナダに勝って、準決勝で地元チームのスウェーデンにも
勝ちました。明日(5月11日)の決勝でロシア代表チームと戦います。
スロヴァキアのアイスホッケー選手を皆一緒に応援しましょう。

by Marian
葡萄狩りフェスティバル
vinobranie ( ヴィノブラニエ )
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南スロヴァキアに、西の小カルパティア地域から、東のトカイ地方まで広がっている土地では葡萄作りが盛んです。この地域に9月の終わりか10月の初めからよく行われているのは、葡萄狩りフェスティバルです。そこで、楽しいアトラクションを見ながら、おいしい料理が食べ、新しいワイン、又はブルチャークが味見できます。
農家にとって、葡萄狩りは屋外仕事の最後の一つで、そろそろ休みの多い冬の時期が始まるという楽しみもあったようで、それがこの伝統的なフェスティバルの一つの意味にもなったそうです。

by Kinga
☆こちらも併せてご覧あれ → → → 小カルパチアン地域トカイワインブルチャークワインの歴史
スロヴァキア語講座4月2日スタート
Kurz slovenského jazyka ( クルズ スロヴェンスケーホ ヤジカ )
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毎年、春(4月〜6月)と秋(10月〜12月)にスロヴァキア語講座を開いています。一学期は10回で、週に1回90分の授業が行われています。内容はスロヴァキア語だけでなく、スロヴァキアの文化、習慣、料理、歌などもみんなで楽しく勉強しています。
講座のレベルは基本的に初級と中級の二つのレベルに分かれています。一クラスの人数は約5〜7人です。講師はスロヴァキア人と日本人の二人です。
授業時間:初級  18:30〜20:00
     中級  20:15〜21:45
場所:落合(東西線)
授業料:3万円(協会員:2万円)
他の質問があったら以下のメールアドレスに是非連絡してください。

marian@akuti.com



by Marian
日本文化週間
Týždne japonskej kultúry ( ティージドネェ・ヤポンスケイ・クルトゥーリ )
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秋にブラチスラヴァを中心に行われる行事です。今年は、紀宮様の御訪問により、特に威厳のあるイベントになりました。1週間から1ヶ月ぐらいかけて、主にアレーナ・パントマイム劇場で色々な面白いプログラムが催されました。劇場は、生け花、茶道、着物ショー、和太鼓のコンサートなどが行われた際は、スロヴァキア人で満員になりました。年を経る毎に、日本の伝統と現在の文化への興味が、特に若い人達の間で高まって来ています。「一年中やっていれば…」との声も多かったです。来年は沢山の友人と一緒に楽しみにしています。
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by Kinga
BIB2001(第18回ブラティスラヴァ世界絵本原画展)
18.Bienále ilustrácií Bratislava 2001ーBIB 2001 ( ビェナーレ イルストラーツィイー )
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BIB2001(第18回ブラティスラヴァ世界絵本原画展) 報告
2001年9月17日 BIB日本国内委員会
――――――――――――――――――――――――――――――――
1. 参加国: 43カ国
2. 出展参加画家数: 290名
3. 出品作品数: 2315点
4.国際審査委員会: 2001年9月3日〜6日まで開催
5.開催期間: 2001年9月8日〜10月31日
6.会場: スロヴァキア文化会館(ブラティスラヴァ)
7.審査委員(10名): Meshack Asare(ガーナ)
Maha Bulos(ユネスコ)
Murti Bunanta(インドネシア)
Miroslav Cipar(スロヴァキア)
Boris Diodorov(ロシア)
Sybille A.Jagusch(アメリカ合衆国)
松本 猛 (日本)
Renate Raecke(ドイツ)*審査委員長
Ida Schuurman(オランダ)
Petros Zambelis(ギリシャ)
6.審査結果:画家名(国名)“作品名”(出版社・出版地)
グランプリ ― Eric Battut(フランス)“Au fil des mois”(Didier Jeunesse, Paris)&
(1名) “La barbe bleue”(Bilboquet, Mont-pres-Chambord)
金のりんご賞 ― Pavel Tatarnikov(ベラルーシ)“The Tempest”(Kavaler, Minsk) &
(5名) “National Fairy Tales, Carevna u padzemnym carstve”
(Polymja, Minsk)
― Harmen van Straaten(オランダ)“Een opa om nooit te vergeten”(Hillen)
―高部 晴市(日本)“やまのじぞうさん”(架空社)
― Katja Gehrmann(ドイツ)“Strandehunde”(Carlsen, Hamburg)
― JanaKiselova-Sitekova(スロヴァキア)“Palclienka”(Buvik, Bratislava)
金 牌 ― Paloma Catalina Valvidia Barria(チリ)“Erase un pollon desplumado”
(5名) & “Erase una hoha de papel”( Textoimagen, Santiago de Chile)
― Fotini Stephanidi(ギリシャ)“To ponemeno ahdoni”(Sigma, Athen)
― Svjetlan Junakovic(クロアチア)“Roter Frosch, grunner Flamingo”&
“Mit pauken und Trompeten”(Boem Press, Switzerland)
― Krystyna Lipka-Sztarvallo(ポーランド) “Sen, ktory odszedl”
(Ezop, Warsaw)

        ― Vera Pavlova (ロシア)“Posolon”(Ivana Limbacha)

次のページにもっと詳しい情報があります。
http://akuti.com/slovakia/info/tips/
問合先:Panská 41, 815 39 Bratislava, Slovakia
Tel:+421‐7‐5443‐1308
Tel/Fax:+421‐7‐5443‐4986
E-mail:bibiana@bibiana.sk
http://www.bibiana.sk



by Marian
民族音楽・舞踊・芸術フェスティバル2001
Folklórne festivaly na Slovensku / 2001 ( フォルコロールネー・フェスティヴァリ・ナ・スロヴェンスク、ユーン2001 )
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夏には、スロヴァキア国中で、様々なフェスティバルが行われます。
朝から晩まで、子供向けのプログラム、コンサート、舞踊公演が続き、プログラムの後は観光客が踊ったり、歌ったりします。
都市の劇場が休館の時期には村の文化、地域の文化が生き返ります。
チャンスがあればぜひ、夏の週末の楽しみ、野外ステージで行われる民族フェスティバル、スロヴァキアの伝統を体験してみてください!
手作りのお土産品、家庭料理、各地方の名産のお酒もお薦めです!

■2001年6月15〜17日
★★ミヤヴァ市の国際民族音楽・舞踊フェスティバル
西スロヴァキアの山にあるこの街のフェスティバルは、西スロヴァキアの民族音楽・舞踊を中心に、毎年行われます。
場所:ミヤヴァ、Prírodný amfiteáter PKO Trnovce (ツルノヴツェ野外ステージ)
電話: +421-902-621 2588 / +421-902-621 3389
ファックス: +421-902-621 2597

■2001年6月21〜24日
★★民族衣装を着た人形の国際フェスティバル
タトラ山脈を訪問する皆様にお薦めです。中央ヨーロッパの特徴、各村の異なる刺繍のパターンが使われた美しい衣装が見られます。
場所:ポプラド市(Poprad)、ケジュマロク市(Kezmarok)
電話:+421-92-772 2466
ファックス: +421-92-773 2140
メール: osvetapp@isternet.sk

■2001年6月23〜24日
★★シャリシュ地方の唄と踊りのフェスティバル
シャリシュ地方の中心、民族舞踊で有名なラスラヴィツェ村で行われる小さくてかわいいフェスティバルです。
場所:ラスラヴィツェ、野外ステージ(Raslavice,Amfiteater)
電話:+421-935-479 2222

■2001年6月29日〜7月1日
★★ホレフロニエ地方の舞踊と民謡のフェスティバル
今年36回目を迎えるフロン川上流地域の伝統を中心とした民族フェスティバルです。特にバンスカー・ビストリツァ市(中央スロヴァキアの中心都市)周辺の団体が参加します。
場所:ヘルパ村、野外ステージ(Helpa, Amfiteater)
電話: +421-88-412 5206 / +421-905-483 718
ファックス: +421-88-412 5206
メール:sosbb@bb.psg.sk

■7月6日〜8日
★★全国フォークロア・フェスティバル「ヴィーホドナー」

この、スロヴァキアで一番大きなフォークロア・フェスティバルは、今年47年目を迎えます。
三日間大きな民芸品の市場、パレード、様々な地域から来た団体のプログラムが楽しめます。
場所:(Vychodna)ヴィーホドナー村、野外ステージ
(リポトヴスキー・ミクラーシ市(Liptovsky Mikulas)とタトラ山の近くにある小さな村が、この週末にキャンプする人、参加するグループのメンバーなどでにぎやわいます。)
問い合わせの電話番号:421-2-592-14-118

■7月13日〜17日
★★「デトヴァ」フォークロア・フェスティバル
中央スロヴァキアを中心に、第36回のフェスティバルです。外国に住んでいるスロヴァキア人の団体も参加します。
場所:デトヴァ村(Detva)、
(中央スロヴァキアの伝統、踊り、歌で有名な村です。)
問い合わせの電話番号:+421-45-545-52-57、
ファックス:+421-45-545-60-59

■8月3日〜5日
★★ヤーノシークの日々
国際民族音楽舞踊フェスティバル、スロヴァキアと外国の高名な音楽家、舞踊団が参加し、民族音楽の新しいトレンドも紹介されます。
場所:テルホヴァー村(Terchova)、野外ステージ
(景色の美しいタトラ山の足元にある、スロヴァキアの「ねずみ・こぞう」ヤーノシークが生まれた村です。)
電話番号:+421-41-569-51-29 / +421-41-569-51-38 / +421-41-599-30-50
ファックス:+421-41-569-53-10

■8月17日〜20日
★★フォークロアの子供の「ニトラ」
スロヴァキア、チェコ、ハンガリー、ポーランドの児童舞踊音楽団の国際フェスティバルです。
軍隊のプロの舞踊音楽団と、スロヴァキアに住んでいる他の民族の団体も参加します。
場所:ニトラ市(Nitra)、アグロコンプレックス(Agrokomplex)という市場・野外展示会の野外ステージ、都市の広場、周りの村など
(西スロヴァキアのきれいな町で、お城を見るのもお薦めです。)
問い合わせの電話番号:+421-37-741-50-41 / +421-37-653-25-44 / +421-903-252-861

■8月31日〜9月2日
★★ズヴォレン城にある工芸・民芸品の展示会 
場所:ズヴォレン城
(中央スロヴァキアにある魅力的な館です。)
問い合わせの電話番号:+421-48-412-40-05 / +421-48-412-40-06 / +421-48-412-40-07
ファックス:+421-48-415-46-84
メール:suraova@hotmail.com

■9月13日〜16日
★★国際民族音楽舞踊フェスティバル
ヨーロッパの様々な民族がプログラムに参加し、各自の伝統、言葉、歌、習慣を紹介します。
場所:コシツェ市(Kosice)、
スロヴァキアの第2番目の都市で、スロヴァキア人以外に、ハンガリー人、ウクライナ人、ジプシーなども住んでいます。
問い合わせの電話番号:+421-905-539-926
メール:buraseduard@pobox.sk

■9月21日〜23日
★★小カルパティア山の地域の伝統的なワイン祭り
場所:ペジノック市(Pezinok)
首都のブラチスラヴァから1時間ぐらい離れている町で、伝統的な葡萄・ワイン作りで有名な小カルパティア地域の中心の都市となっています。
問い合わせの電話番号:+421-33-643-34-89 / +421-33-643-37-05
メール:moska@nextra.sk

by Kinga
ブラチスラヴァ音楽祭
Bratislavské Hudobné Slávnosti 2001 ( ブラチスラヴスケー・フドブネー・スラーヴノスティ )
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スロヴァキアの首都 ブラチスラヴァで、今秋行われるイベントです。

プログラム:
9月22日:第37回の音楽祭開催式; スロヴァキアが誇るテノール歌手; Peter Dvorsky Birthday Gala Performance;
23日:モスクワ交響楽団;„Accentus“ 室内楽合唱団
24日:コシツェ国立交響楽団; Reto Bieri
25日:スロヴァキアラジオ交響楽団;MatejGrahek & Jan Thuri
26日:“Ciudad de Malaga“楽団;Boris Lenko(アコーディオン・リサイタル)
27日:ポーランドラジオ国立交響楽団(Katowice); Ivan Gajan (ピアノ・リサイタル)
28日:“Beethovenhalle“楽団(Bonn)& プラハ交響合唱団;“Traditional & Revival“ (ジャズ);
29日:ブラチスラヴァ市合唱団(30周年記念日);スロヴァキア交響楽団
30日:American Brass Quintet;「サヴァリア」交響楽団(ハンガリー)
10月
1日:“Musica Aeterna“楽団;スロヴァキアラジオ交響楽団&スロヴァキア交響合唱団
2日:“Cappella Istropolitana“
3日:“Animae Trio“
4日:ヴェルディ:ルイサ・ミッレル(オペラ);“Miraphone“チューバ四重唱団;アルスター楽団(アイルランド)
5日:2001年音楽祭閉会式;Vladimir Michalko (オルガン・リサイタル)

by Kinga
☆こちらのサイトにも → → → (ブラチスラヴァ音楽祭-英語)
Pezinok(ペジノク)ワイン祭2001
Pezinok(ペジノク)ワイン祭2001 ( ペジノク・ワインまつり2001 )
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◇◆◇ ペジノク・ワイン祭2001 ◇◆◇

一年に一度のワイン祭り。スロヴァキア・ワインを満喫しましょう。
イベント盛りだくさんです。
※ブラティスラヴァから北東方面へ車で約30分。

■9月20日(木)
16:00〜18:00 マロカルパツスケー美術館にて開催展
        ―お酒を飲む歴史
        ―陶器展
        ―ペジノクのおみやげ2001年
        ―ワイン展とペジノク市の歴史展
18:00 “言葉とスペース”開催展(ファルスカー居酒屋)
19:00 “イジースリーヴァー・ユーモア゛開催展(ギャラリーG5)

■9月21日(金)
16:00 “ワインとパン”開催展(ラドニチネー広場、ホテルGrand前)
17:00 “最初のひと口”ワイン祭り正式開催(城の前)
17:30 “ファンファーレ・コンサート”(区役所バルコニー)
18:00 “町の居酒屋の開催”(ラドニチネー広場 9号)

 ◇ラドニチネー広場の主なイベント
18:00 “吹奏楽団コンサート”(オーストリア)
19:00 スロヴァキアのミユージックバンドのコンサート
00:30 “アクセント ライブ”

 ◇お城の前のイベント
17:30 “カントリーとブルーグラス・ミュジックバンドのコンサート”
22:00 “ブカソヴィー マシーヴ・コンサート”

■9月22日(土)
9:00 “ウリチカ ウメレツキーフ レメシエル”開催(マロカルパツケー美術館前)
10:00 ワイン開催展(城の広場)

◇ラドニチネー広場の主なイベント
10:00 “チャイラネー”
11:00 “マルゴヤン ショー”
12:00 “29 ストルーン”
13:00 “アリオン”
14:00 “メストスケー プラーヴァ”劇場のパフォーマンス
15:00 “ワイン祭りのロックFMラジオ”
16:00 “フラプツィ ド トホ”音楽―スポーツのゲーム
17:00 “プレスブルゲル クレズメル バンド”
18:00 “ペスニチキ ズ レペテー ドシャン グルーン”
19:00 “パヴォル ハメル”コンサート
20:00 “プラーヴォ メチャ”(町の歴史について)劇場のパフォーマンス
20:45 “花火”
21:00 “ジャズ バンド と ベルツォ バロッグ”
22:00 “グリメス”
23:30〜02:00 “ライト ショー ディスコ”、“ブレークダンスショー”

◇城の前のイベント
10:00 “スリノヴァンカ” 吹奏楽団コンサート
11:00 “コノパ”ヴェルキーグロブ村の民族舞踊団
12:00 “シュルチャンカ” 吹奏楽団コンサート
13:00 “リプカ”ヅボヴァ村の民族舞踊団
13:30 “ブドヴァーフ”トルナヴァ市の音楽舞踊りグループ
14:00 “チャイラネー” 吹奏楽団コンサート
16:00 “エコノーム”民族舞踊団
18:00 “マレヴェリ”音楽コンサート
19:30 “ヴィディエク” 音楽コンサート
21:00 “ノーネイム” 音楽コンサート

■9月23日(日)
10:00 “フドブナーロズプラーヴカ”
11:00 “アレゴリツキースプリェヴォヅ”(シュテェファーニク通り、ラドニチネー広場、ホリー通り)
11:30:“ポジェフナニェウーロディ”

◇ラドニチネー広場の主なイベント
12:30:“チャイラネー”吹奏楽団
13:15:“エディタ アヌグヴァロヴァー”
14:00:“テャケー オネー”
15:00:“ファニ フェロウス”
16:00:“シュラペト”(チェコ)
17:00:“最後の一口―2003年までさようなら“
17:30:“マルゴット”

◇城の前のイベント
10:00:“ヴィノサドカ” 吹奏楽団
12:00:“クレミェノク”子供の民族舞踊団
13:30:“ロイゾ”音楽コンサート
15:00:“ポレノ”民族舞踊団
17:00:“ボロヴィエンカ ゾ ランチャーラ”民俗音楽

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情報:ペジノク区役所―ラドニチネー広場 9番
電話番号:033-690 11 02
FAX:033-641 23 03
メール:eva.lupova@msupezinok.sk
http://www.mesto,pezinok.sk/

by Marian

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日本スロヴァキア協会「長與進先生」講演会
日本スロヴァキア協会「長與進先生」講演会 (   )
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テーマ:「M.R.シチェファーニクの記念写真の謎」
ミラン・ラスチスラウ・シチェファーニク(スロヴァキア将軍)の日本滞在−1918年秋。早稲田大学の長與進先生の講演です。

日時:2001年10月20日(土)2時〜4時
場所:早稲田大学国際会議場4階共同研究室bV
参加費:¥1500円



※参加希望・お問い合わせ先:日本スロバキア協会宛
  Tel03-3360-0600(月・水・金11:00〜17:00)
  Fax 03-3360-0946

by Marian
2002 ICE HOCKEY WORLD CHAMPIONSHIP
2002 ICE HOCKEY WORLD CHAMPIONSHIP ( アイスホッケー・ワールドカップ2002 )
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4月22日〜5月11日
アイスホッケーファンの皆さん、

5月11日にスロヴァキアは決勝でロシア代表チームに勝って、
世界チャンピオンになりました。
スロヴァキア共和国の歴史の中で初めてです。

スロヴァキア代表チームの選手

背番号  名前  生年月日  クラブ

25 ラシャク・ヤン(LASAK Jan ) 10.04.79 Nashville Predators
1 シモノヴィチ・ミロスラヴ(SIMONOVIC Miroslav) 10.08.74 HC SKP Poprad
31 スタナ・ラスチスラヴ(STANA Rastislav) 10.01.80 Richmond Renegades

74 チイェルニ・ラディスラヴ(CIERNY Ladislav) 03.11.74 HKM Zvolen
11 ミロ・ドゥシャン(MILO Dusan ) 05.03.73 HKM Zvolen
8 スムレク・ペテル(SMREK Peter) 16.02.79 Nashville Predators
17 ヴィシュノヴスキー・ルボミール(VISNOVSKY Lubomir) 11.08.76 Los Angeles Kings
4 バチャ・イェルグシュ(BACA Jergus ) 04.01.65 Revier Lowen Oberhausen
2 ヘツル・ラドスラヴ(HECL Radoslav )11.10.74 Slovan Bratislava
41 リヌットゥネル・リハルド(LINTNER Richard ) 15.11.77 MoDo Hockey
7 シュトゥルバーク・マルチン(STRBAK Martin ) 15.01.75 Lokomotiv Yaroslavl

16 オルサーグ・ヴラジミール(ORSZAGH Vladimir) 24.05.77 Nashville Predators
24 パールフィ・ジグムンドゥ(PALFFY Zigmund ) 05.05.72 Los Angeles Kings
33 プヘル・ペテル(PUCHER Peter )12.08.74 HC Znojmo
18 シャタン・ミロスラヴ(SATAN Miroslav ) 22.10.74 Buffalo Sabres
44 トミク・ローベルト(TOMIK Robert )12.12.76 Sparta Praha
26 ハンズシュ・ミハル(HANDZUS Michal ) 11.03.77 Phoenix Coyotes
30 フリンカ・ミロスラヴ(HLINKA Miroslav ) 31.08.72 MoDo Hockey
19 パウリコウスキー・ラスチスラヴ(PAVLIKOVSKY Rastislav ) 02.03.77 HV 71
15 シトゥムペル・ジョゼフ(STUMPEL Josef ) 20.07.72 Boston Bruins
23 バルテチコ・ルボミール(BARTECKO Lubomir ) 14.07.76 Atlanta Thrashers
12 ボンドゥラ・ペテル(BONDRA Peter) 07.02.68 Washington Capitals
27 ナジ・ラヂスラウ(NAGY Ladislav ) 01.06.79 Phoenix Coyotes
39 ペトゥリヴィツキー・ローベルト(PETROVICKY Robert) 26.10.73 HC Ambri-Piotta
21 ソミク・ラドヴァン(SOMIK Radovan ) 05.05.77 HC Zlin
79 ウラム・マレク(URAM Marek ) 08.09.74 HC Znojmo
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