最後の弱点さえ攻略



2001年03月06日付  

東京:「日本の生活スタイル」とはどういうものかという質問に答えるのは、抽象画を説明するぐらい難しい。 長い間、島国として孤立し、ヨーロッパの文化とは全く違った形で発展したこの国の文化は、おとぎの国の物語のようにも見える。

 日本人の行動を推し量ることは、ここに数十年住んでいる外国人にさえ難しいという。 数年しか滞在していない私が頭をひねるのは言うまでもない。
そして、それら日本人の生活や習慣とサッカーも切り離して考えることはできない、ということにふれておきたい。
"日本式方法"というのは、世界の最高のもの、新しいものをすべて注意深く観察し、"日本"の味を加えて仕上げ、もっとよく見えるものを作ってしまうことだ。

伝統と経験が基本で、体力的問題や国民性も度外視できないサッカーというスポーツには、この日本式方法が通用するはずなどないと、私は思っていたが、どうやらそれは間違っていたようだ。 日本人は階段を1歩1歩進むのではなく、階段全部を一気にのぼりつめてしまった。

 1998年始めに私が日本に来た時、日本の最高リーグでは、点数や報酬を競う本当のプロたちの争いはなく、美しさが競われていた。 基本プレーが多く、反則技はほとんどなく、かけひきやペナルティー・エリアでの転倒、演技などを知らないようだった。
日本人男性は社会では"英雄"とされ、英雄はこのようなプレーはしないのだ。 1億二千万人の日本人のほとんどはルールにしっかり従っているのである。 それにもまして、日本人の平均身長の低さや体重の軽さなどが、世界で通用する為の弱点であると考えてられていた。

 このような日本と世界との溝を、海外からの選手が長い時間をかけて埋めてきたが、現在に至る驚異的なスピードの成長は、日本サッカーがはじめて、世界の舞台―1998年にフランスで行われたワールド・カップに立ったときからであろう。
その後まずはじめに、ナイジェリアで行われた20歳以下の世界選手権で日本代表が決勝までのぼりつめると、日本代表チームはアジア選手権で優勝し、昨年のシドニーオリンピックではすばらしい結果を残し、クラブ・チームもアジアの大会で毎年のように勝つようになった。 日本はアジアで絶対的な最高のチームとなったのである。野球やゴルフに根強い人気は集まっているが。

 しかし、サッカー観戦に行く人たちも少ないとはいえないので、文句はいわない。統計によると、今年、Jリーグの最初の12試合を観戦した人は1,567,961人に上る(1試合平均14,182人)。
世界選手権後、すべての事が日本で一番の人気を獲得するためにまわっていたようにも見える。 今年のJリーグは、ヨーロッパや世界の最高リーグに引けをとらない。

 2002年のワールド・カップ前の日本代表の最終調製は、FIFAコンフェデレーション・カップでだった。
この価値ある大会で、1軍で試合に臨まなかった定評のあるチームは次々と敗れ、7大陸の実力の差が縮小されてきたことを浮き彫りにした。 逆にカナダ、特にオーストラリア、日本は大躍進を見せた。

 日本代表のわずか1点の失点は、対フランスの決勝戦でだった(0対1)。 最高の試合は対カメルーン戦で、サッカーの重要基準は、日本チームがすべてにおいて勝っていた。
また、身体的にも世界各国からきた有名な選手にも引けを取らなかった。前評判とは逆に、1対1などの争いでもカメルーン側の負けが目立った。
高身長で体格もよい選手をそろえてきた日本は、反則にならないまでの攻撃性、つまり最後の弱点を攻略したのであった。

 日本代表チームは優秀な選手を見せ付けた。 ゴール・キーパーの川口、ディフェンダーの森岡、松田、ミッドフィルダーの中田、名波、小野、稲本、オフェンスの鈴木、高原など、世界のリーグで活躍している選手達。
ヨーロッパ・リーグのチームへの勧誘も日本に向けられている。 例えば、2期に渡ってアジア最高選手とされた中田は、幾シーズンかイタリアでプレーしている。
同じイタリアに籍をおいた名波は帰国後、アジア選手権で最高選手の名誉を受けた。 スペインでは城がプレーした後、現在は西沢が活躍し、これから、現在日本での最高選手である小野が行く予定である。 遠藤はベルギーでの3年の契約にサインをした。 日本サッカーの成功、そして早い進度の発展には、変わったフランス人監督トルシエ氏の活躍も忘れることができない。 一見無理難題なトルシエ哲学に日本人は理解を示した。

 スポーツにおいて、日本は準備ができたようだ。来年の活躍に期待したい。

(著者は前のチェコスロヴァキア、スロヴァキア代表チーム監督)



ミラン・レシツキー (東京)
*筆者はPRAVDA紙(スロヴァキアの有力新聞のひとつ)に定期的に執筆中

2001年10月4日 更新






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